2011年9月23日金曜日

ロマンス諸語の2人称敬称について

、、、それでは、イタリア語の話から他言語の2人称へ話を移しましょう。2人称で親称と敬称が
別れること自体は比較的に一般的なことであっても、実はロマンス諸語、およびその近辺では
もともとは共通性が高く、敬称は2人称複数からきていることが多いのです。

0、イタリア語、、、前回記載した通りです。もともとは2人称複数voiが敬称でしたね。対応する
動詞の活用も2人称複数。ちなみに3人称単数のLeiが敬称となったとき、動詞の活用は
3人称単数に準じるようになります。

1、フランス語
「2人称複数代名詞は、2人称単数の敬称としても用いられる。」(Wikipedia「フランス語の文法」)
動詞の活用も2人称複数に従います。おお、今もまったく変化していませんね。

2、スペイン語
現代スペイン語2人称単数は親称がtu、敬称がusted。複数がそれぞれvosotros、ustedesなので、
親称・敬称が独立しているわけですが、もともとカスティリア語で2人称複数由来であるvosが
2人称単数の敬称として用いられていたために、2人称複数がvosの複数形としてvosotrosとして
導入された経緯があります。ラテンアメリカのスペイン語はそのため現在でもvosを2人称単数に
使います:ただし、敬称では無く親称としてですが(日本語における「貴様」のようなものですね)。
ここで一つ興味深いのは、ustedの動詞活用形は3人称であることです。

3、英語
もともと英語史において2人称単数主格はthou、2人称複数主格がye(古形ge)、対格がyou
(古形eow;ドイツ語2人称複数対格euchに対応)でした。その後、
①対格と主格の区別がなくなる形で2人称複数主格がyouとなり、②さらに2人称複数が
単数敬称として導入され、③さらに敬称と親称の区別がなくなったために現代英語の
2人称単数/複数youが成立した、という経緯があります。②の発生は後述する現代ドイツ語との
対応関係をみるかぎり比較的新しいことと思われ、恐らくはノルマン・コンクエスト以降、中英語
Middle Englishと呼ばれる、フランス語の影響下のことではないでしょうか。

結論
、、さて、以上みてきましたように、もともとは2人称複数を敬称として使用する習慣が広範に
あったように見受けます。現在各国語はその崩れていく過程をみているわけですね。それでは、
2人称複数を敬称として用いるようになった起源は、いつごろにあるのでしょう?いかんせん素人で
ここからはつめきれていないのですが、私なりにlogicalにつめていき、現在以下の仮説を
考えています。すなわち、

中世ラテン語が2人称複数敬称援用の由来ではなかったか?

、、、根拠として、
(A)ラテン語では2人称複数を敬称として用いることはありません。

「近代語のごとく、複数形を用いて、単数の敬称とすることはない。」

(田中秀央『初等ラテン語文典』1954年)
(B)現代ドイツ語の2人称敬称は単複とも3人称女性・複数と同じSieで、動詞の活用は
3人称複数(複数である点がイタリアと異なります)に準じます。

3人称が2人称敬称に使われるようになったのはドイツ由来で、受容の仕方がイタリア・スペインで
異なると考えた方が蓋然性が高そうですね。ドイツ由来の言語伝播では、例えば単語「白」が
伝播モデルでは、
ドイツ(blank)→フランス(blanc)→スペイン(blanco)・イタリア(bianco)
という明瞭な流れがある(前掲『歴史比較言語学入門』)のですが、上記のようにフランスで
2人称がそのままつかわれているところをみると、もう少し王朝貴族間の交流の粗密などを
背景に考えたほうがよさそうですね。

ただし、全般としてここまでだと根拠が確定的ではありません。もっとドイツ語史の知識を深める
必要があって、仮に古高ドイツ語Althochdeutch、中高ドイツ語Mittelhochdeutchで2人称複数を
敬称に使用していれば、より古いタイミングから(印欧祖語とはいわないにせよ)ヨーロッパで
普遍的に2人称複数が使われていた、ということに仮説のほうが魅力的になってしまう。、、、
ちなみにロシア語も2人称複数を敬称に使うのです。

ここからはさらに書籍をみて、学習をすすめる必要がありそうですね。ラテン語史・俗ラテン語に
ついては文庫クセジュ、中世ラテン語文法は國原吉之助氏の著作がありますし、ドイツ語史・
ゲルマン語史についても外国語・学術論文までいかなくとも邦語文献は複数あるので、今後、
一定の確認ができたら後日追記いたします。

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