2013年1月6日日曜日

在宅での看取り:ドイツの死生観を入口として

 1947年創刊のドイツの「DER SPIEGEL」は、メインの週刊誌以外にも小児向け「Dein SPIEGEL」(月刊)や歴史物「Der SPIEGEL Geschichte」(隔月刊)などテーマ別のものがいくつかありますが、季刊の教養誌「Der SPIEGEL WISSEN」2012年4号の特集は「Abschied nehmen - Vom Umgang mit dem Sterben -」、、、医学的というよりは、現代人の死にまつわる興味の諸々を取り上げた内容です。それほど読めるわけではないのでペラペラめくっていると、16ページに興味深い図表が掲載されていました。

題名「Abshied vom dasein」  、、、この内容だと「死に臨んだ時の分かれ道」、といった感じでしょうか。
質問「もし希望通りの場所で死ねるとすればどこで死にたいか?」
(原文 An welchen Ort mochten Sie liebsten sterben, wenn es einmal so weit ist? )
、、、希望(wunsch)としては66%がzu Hause 自宅でを望み、15%がHospiz oder Palliativstation ホスピスもしくは緩和医療のできるところ、15%が未記載かわからない、または別の場所とのこと。
 それに対し、現実に(wirklichkeit)どこで死ぬかといえば、50%がKrankenhaus病院、25%がPflegeheim老人ホーム、20%がzu Hauseとのことでした。
(出典 希望についてはSpiegelから調査機関TNSへの委託調査 実施期間2012年5月21-22日:18歳以上を対象とした1000件の分析のようです。現実はドイツプロテスタント教会の見積もりの引用とのこと)

 希望は自宅が多いにも関わらず、病院で死なざるを得ない現実という、大枠での結果に対し皆さんはどう思われますか?我が国も同じだ、という実感を持たれるのではないでしょうか。実際、2012年7月1日掲載の東京新聞の記事(亀岡秀人氏による)でも以下のような表現になっています(注1)。

「余命が限られた場合、「自宅で過ごしたい」とする人は80%(日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団)にも達しています。また、厚生労働省の調査では、余命六カ月以内の末期状態の患者の場合、「必要になれば医療機関を利用したい」を含め、「自宅で療養したい」と考える人は60%を超えています。
 しかし、自宅で過ごせると考えている人は18%しかいません。実際、自宅で亡くなったのは二〇一〇年で12・6%にすぎません。約80%の人が病院で亡くなっています。」

「オランダでは病院35%、ケア付き住宅32・5%、自宅は31%などで、スウェーデン、デンマークなど北欧諸国は同じ傾向です。日本は病院で亡くなる割合が多くなっています。」

辻彼南雄氏による国際比較研究(注2)でも日本を含めた9ヶ国のアンケートによる横断研究で、死場所についての理想と実際とのギャップが最も大きいのは日本との結果になっています。

、、、文献を細かくあたってみると、まだまだ興味深い結果もあるようです。日本赤十字看護大学・藤田淳子氏らの報告によれば(注3)、2010年3月に国内の40歳以上80歳未満の男女2000人を対象に質問紙の郵送で行われた層化二段階無作為抽出調査では、1042名(回収率55%)の回答のうち、希望する療養場所は自宅が44%、病院15%、緩和ケア病棟19%、公的施設10%、民間施設2%、不明11%であったとのことでした。他の調査でも比較的新しいものほど本人の「希望」する死場所としての自宅が比較的少ない研究は散見され、ここにきて自宅で逝きたい、という理想でさえも現実の前に浸食されてきている状況がみてとれます。もちろん、在宅での看取りを進めて行きたい国の方針にとってこのような状況は望ましいものではなく、藤田氏の研究でも結論では「在宅医療の周知、在宅看取り経験の蓄積、日ごろからの終末期の療養場所に関する教育・考察の機会の確保、在宅終末期医療に関する費用を含む制度や医療福祉資源の周知」が今後の課題とされています。

 もっとも、介護を実際に負担する若年層の立場にたっていうならば、現実をドライにみているだけ、という意見も見過ごせない観点でしょう。1世帯あたりの平均人員は2010年時点で2.59人(厚生労働省2012『グラフでみる世帯の状況』 注4)、、、急速に減少してきたとはいっても、この数値自体は欧米先進国と差があるものではありません(むしろ北欧はさらに低値となっています)。しかし先進国と比較しても日本は高齢者率がかなり突出しており(注5)、認知症などの有病率やADLの問題、また「老親と子供の別居化」が進展している状況(注6)を考え合わせると、看取る方が幸いいるご家庭でも、「自宅での看取り」とはまさに看取る側にとって覚悟が要求される状況になっていることがわかります。先に挙げた辻氏の研究でも、日本において看取りの場所を左右する条件として、本人の尊厳はより軽く、「家族の意向」がより重視される傾向があるとのことで、嘆かわしいと同時にむべなるかな、と言わざるを得ない状況がここにはあります(注2)。なんといっても世帯人員の減少/別居化の進行/単身世帯の増加は、先ほど挙げた藤田氏の研究の結論でいえば、看取り経験の蓄積や医療制度・知識の周知の点に、まさしく負に作用する事象であることに注意するべきです。経験を共有する場所、情報の媒介として、(前掲藤森氏がかかげる具体的対応策でもある)互助の強化、地域コミュニティーの育成は、その意味で決して理想論に終わらせるべきものではなく越えなければならないハードルなのです。

 
 震災を経て我々が見出した「絆」とは、被災地の方のみならず日本という地域に住む人全てにとって、まさに必要なものなのではないでしょうか。


#きっかけとなったシュピーゲルの記事:
Traub VR. Auf der Suche nach dem guten Ende. Der SPIEGEL WISSEN.2012;4

注1 www.tokyo-np.co.jp

注2 辻彼南雄2012「理想の看取りと死に関する国際比較研究」
www.ilcjapan.org/study/doc/committeeAnnounce_0612.pdf
日本以外の対象国は韓国、チェコ、イスラエル、フランス、イギリス、アメリカ、オーストラリア、オランダの8か国。

注3 日本緩和医療学会ニューズレター55号:出典Fukui S,Yoshiuchi K,Fujita J,Sawai M,Watanabe M. Japanese people’s preference for place of end-oflife care and death:A population-based nationwide survey.J pain Symptom Manage. 2011;42(6):882-92.

注4 www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/20-21-01.pdf

注5 「日本の総人口に占める老年人口(65歳以上)の割合は23.1%(05年比2.9ポイント増)と、2回連続で世界最高となった。」(『単身世帯 3割超す』読売新聞2011年6月30日)

注6 藤森克彦2010年『単身急増社会の衝撃』

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