2011年10月12日水曜日

漢方生薬考 ヨモギ属(4)

C、「蓬ホウ」

『説文』では「蒿ナリ」の記載あり、「蒿」の近縁と認識されています。平安初期源順も「蓬」の和名を與毛木ヨモキと訓じました(『和名類聚抄』元和古活字那波道円本:「兼名苑云蓬一名蓽。艾也。」)ただし飛蓬、転蓬の名の通り、古来より風に従って千里を飄揺するイメージを示唆する用例が極めて多く(注2)、そもそも唐代の語彙集とされる『兼名苑』に記載があるらしい別名のうち「蓽ヒツ」はマメ、イバラと一般には訓じられ(白川静1994『字統』)、ヨモギ属の一般的イメージとはずいぶん異なります。そのため明代の李時珍は『本草綱目』蓬草子の解説で「其飛蓬ハ乃チ藜蒿ノ類、末大ニ本小ナリ、風之レヲ抜キ易シ、故ニ飛蓬子ト号ス」と説明しています(牧野富太郎1946『植物一日一題』)。現代中国で「藜蒿」は「萎蒿とも呼ばれるタカヨモギArtemisia selengensisと同義に扱われますが、李時珍本人は萎蒿と白蒿を結び付けていて、飛蒿と現代中国の萎蒿が結びつくようには思われず、ヨモギ属なのかどうかがつめきれていません。もう少し後のイエズス会宣教師ダントルコルになると1736年の書簡中で「飛蓬フェウピン」を「水中で生育する浮遊植物」と表現しており、まずヨモギ属ではないでしょう(矢沢利彦編訳1977『中国の医学と技術』267頁)。

近世狩谷棭齋は『箋注倭名類聚抄』艾の注釈で、「埤雅」「説苑」「荘子」「商子」などを根拠に蓬と艾が同一でないことを指摘。牧野富太郎はさらに進んで、蓬はヨモギ属ではなく、アカザ科ホウキギ属Kochiaのようなものがこれにあたると推定しました(牧野前掲)。現代中国語では「蓬」を学名中に含んだヨモギ属を多数認め、むしろ『説文』に沿った解釈になっている印象です。いずれにせよ、生薬の用語中にはあまり使用されない用語といえるでしょう。

注2
曹植「吁嗟篇」「吁嗟此転蓬 居世何独然 長去本根逝 夙夜無休間」
李白「送友人」「此地一為別 孤蓬万里征」
閑散とした北方の雰囲気、孤独、旅人などのイメージを描写するために、詩など文学でしばしば使われました。日本でも『続日本紀』神護景雲三年正月三十日条に、漂揺する意味で「蓬」が使用されています。

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