茵蔯蒿と比べ生薬としての使用が少なく、そのためか種の同定に困難が伴う品名です。
初出は現在のところ前漢初紀元前2世紀頃と推定される馬王堆出土の『五十二病方』で、痔に対する治療で2回「青蒿」の記載を認めます(小曽戸洋ら2007『馬王堆出土文献訳注叢書五十二病方』)。『神農本草経』下品では「草蒿」として収載(「味苦寒。生川澤。治疥瘙痂痒惡瘡。殺蝨。留熱在骨節間。明目」)。五代期の韓保昇は別名として香蒿、シン(ケモノ篇に卂シン)蒿と共に「青蒿」を挙げます。『図経本草』や明代『本草綱目』の記載から牧野富太郎は青蒿をA. apiaceaカワラニンジンにあたるものと評価しました(なお、白井光太郎氏も『大和本草』青蒿の考証で同様の結論を出しています)が、北宋代の『夢渓筆談』では「青蒿は一類に自から二種あって」とあり、「数種のものがあったと考えられる」。同時期の寇宗奭は黄花蒿も青蒿の内であるから、どちらを用いても構わないとの立場をとっていました(蘭山『啓蒙』参照)。現在の中国市場の状況ですが、難波1980をみるかぎりA. apiaceaは青蒿として扱われず、大半がクソニンジンA. annua(黄花蒿)で、その他北方ではカワラヨモギA. capillarisおよびハマヨモギA. scoparia、江蘇・四川でオトコヨモギA. japonicaおよびA. eriopoda、雲南でA. parvifloraも使われるようです(全草を用います)。しかし、鈴木洋1994では青蒿を日本・朝鮮・中国に分布するA. apiaceaのこととし、クソニンジンも使うことがあるというスタンスです。ちなみに中国のHP中国植物物种信息数据库で「青蒿」を検索するとA. carvifoliaとでてきます。A. carvifoliaは中国版Wikipedia「維基百科」では異名としてA. apiaceaeを挙げます。A. carvifolia var. apiaceaとの記載もあり、また両者とも和名がカワラニンジンと同じこともあって、植物学的にかなり近いと思われます。以上、考察が長くなりましたが、あくまでカワラニンジンが正品ということでしょう。
日本では茵蔯蒿と同様奈良期に記載を認めません。輔仁『本草和名』で「草蒿」の一名が青蒿であるとして記載され、和名を「おはき」と訓じています。「萩」イコール「䔥」として、カワラヨモギと訓じる流れに近いものが感じられます。近世に入り1603年『日葡辞書』ではセイコウ・ソウコウ・カワラニンジン・クソニンジンで記載を認めず、蘭山『啓蒙』で異名として挙げられるカラヨモギがCarayomogui「ある種の草」として収載されています(薬品として認識されていないことに留意:なお蘭山『啓蒙』ではカラヨモギを牡蒿オトコヨモギの江州方言、黄花蒿クソニンジンの常州方言、蓍(注参照)の勢州方言としても扱っており、種名の確定は困難です)。薬種同定を主目的とした対馬藩から御三家紀州藩への朝鮮薬種献上事業(寛永20年1643年)では「青蒿」が茵蔯蒿とともに献上されます。なお朝鮮『東医宝鑑』では「艸蒿」即ち草蒿が収載されていますが、1721年の対馬藩薬剤質正官越常右衛門による倭館での調査では和名が何か詳らかにならず、その後の調査の結果、丹羽正伯が1726年に編纂した『東医宝鑑湯液類和名』では「艸蒿 セイカウ カハラヨモギ」と記載されるに至ります(注7:田代1999『江戸時代朝鮮薬剤調査の研究』)。このままでは茵蔯蒿との錯誤が問題になるわけですが、その後修正されるに至ったようで、蘭山『啓蒙』、元堅『提要』共に青蒿ではカハラニンシンを正品として扱っています。「黄花蒿ヲ青蒿ト為ス。今薬舗モ誤ヲ同フス。宜ク弁別スベシ。(中略)青蒿ニハ必、カハラ人参ヲ用ルヲ真トス」(蘭山『啓蒙』)。近世前期を経て、本草家や後世派の間で青蒿への態度が一貫していたことが窺われますが、花の大小以外では薬種商でも両者を弁別できないことが記載されていて、興味深い内容になっています。
<薬理・薬味・薬能>
まず、カワラニンジンとクソニンジンで薬理学上確認されている成分はかなり異なります。その上で元堅『提要』では薬味が苦寒。「解鬱熱、破宿血、治腸廱」の効を認めます。
難波1980では、少陽・厥陰の血分に入り、肝・胆・腎経の伏熱を去る、清熱・涼血・退蒸の良薬であり、風疹掻痒・盗汗を治するのに使われるとのことです。現代中医に使用される青蒿は決して多くはなく、青蒿が配合されている神麹シンキクを含む保和丸を元代『丹渓心法』で認める以外は、清代『温病条弁』所収の青蒿鼈甲湯、同じく清代『通俗傷寒論』の蒿芩清胆湯などがあるくらいです。
注7
享保6年(1721年)に朝鮮東莱府より提供された「草蒿」のサンプルは宗家文書『薬剤禽獣御吟味被仰出候始終覚書』に現在まで図面として残り、その図を考証した正伯は「(前略)按ルニ、朝鮮ヨリ指上候図ハ、牡蒿ニテ艸蒿ニテハ無之候、艸蒿ハ則チ青蒿ノ事ニテ候、」と収載の植物がオトコヨモギであることまで正しく判定していながら、青蒿を「カハラヨモギ」としてしまいます。
カワラヨモギとカワラニンジン、名称が類似することからくる単なる錯誤か、それとも根本的な誤解なのかは手元の史料では遡及できません。
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