2011年10月4日火曜日

漢方生薬考 ヨモギ属(1)

ヨモギ属(Artemisia
キク科Asteraceaeの多年草であるヨモギ属Artemisiaは北半球に200種、日本国内だけでも30種以上が確認されています(Wikipedia「ヨモギ属」201110月参照他)。Artemisiaの語源として、ギリシャ神話のアルテミス女神とも、また小アジアのカリア総督マウソロスの妻であるアルテミシアともいわれるなど(大プリニウス『博物誌』収載:宗田一『渡来薬の文化誌』1993年より)、古くから人類との文化的な関わりが深かった植物です。多品種が使われていたことが十分想定され、各品種が形態的に近似していることもあり、異同の厳密な考証が困難であった事は考えておくべきでしょう。

1、   漢字について
(なお、以下の考察は白川静『字統』1994年に拠るところ大です)

日本語でヨモギと訓じられる漢字は、白川『字統』だけでも「艾」「苹」「萍」「蒿」「蓬」「蔞」と6字を認めます。いずれも形声文字ですが、このうち「苹」「萍」は浮草の類、また「蔞」は、南北朝代の『玉篇』中では芹の類、竹添井々『毛詩会箋』では蘆とする説が展開され、この3字は元来ヨモギ属Artemisiaではないものと思われます。残りの「艾」「蒿」「蓬」はいずれも後漢代許慎の『説文解字』にも採り上げられる古くからの字で、もともとは種の異同を意味したとして矛盾はしないのですが、文献考証的には文化的な来歴の異同にむしろ焦点があたります(注1)。

古くからある字だけに、例えばキク科シュンギクGlebionis coronariaが茴蒿であり、セリ科コウホンLigusticum sinenseが蒿本であるなど、後代になってヨモギにあたる字を用いて他科・他属を表現することはしばしばです。逆にイヌヨモギArtemisia keiskeanaは菴リョ(クサカンムリに閭)と呼ばれ、艾・蒿・蓬が名称中に含まれません(以上小野蘭山『本草綱目啓蒙』1802年)。今後考察する茵蔯Artemisia capillarisは後代になってヨモギであることを強調する目的で「茵蔯蒿」と、「蒿」字が追加されています(唐代陳蔵器『本草拾遺』:難波恒雄『和漢薬百科図鑑Ⅱ』1980年)。

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他書ですが、「蘩ハン」がヨモギと訓じられます(『詩経』召南に収載:白川静『中国古代の民俗』1980年)。南北朝代の『玉篇』はこれを「白蒿也」とし、日本では古くはカハラヨモギに(輔仁『本草和名』)、また現代ではカハラハハコにも(白井光太郎『大和本草』注釈1975年)、シロヨモギにも(Weblio辞書)、更にはタカヨモギにも(北村四郎:宗田1993より)あて、門外漢には定説が見定めがたい状況といえましょう。いずれにせよ薬剤に使用されることがわずかで、本稿では対象としません。

また「䔥」は白川静『字統』(1994年)でカワラヨモギと訓じますが、『説文』に「艾蒿なり」とあり、ヨモギと近縁に評価されていたようです。「萩」も日本ではハギと訓じますが、『説文』一下に「䔥なり」とあり、もともとはカワラヨモギの類を指していました。『詩経』では祭祀の時に天の神を呼び寄せる香草として使用されています(宗田1993)。

「蓍」は蘭山『啓蒙』で古名アシクサとし、当時はマメ科メドハギ鉄掃筆で代用する旨記載されています。李時珍が「蒿」の近縁であり筮竹に用いる(『説文』は筮を「蓍」で説明しています)ことを指摘しており、牧野富太郎もそれを受けて和名未詳のヨモギ属として記載。土井光知は蓬莱と同じであると論じました(宗田1993)。

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