2011年11月4日金曜日

閑話休題 漢方以外のヨモギ(1)アジア

1、モンゴル
インターネットでモンゴル伝統医学とヨモギ属の関係を検索するとかえって、無いため?にヨモギを灸に用いないという記載が複数あります。たとえば、女性鍼灸臨床研究所のHP「楽っ子堂治療室」にはシリンゴル盟蒙医研究所の訪問記が掲載されていますが、そこでもウイキョウなどが灸に使われているとのこと。他にも馬糞やツァガンオールLeontopodiumの仲間が使われるようです(他、Wikipedia「モンゴル医学」の項を参照)。
ところで、モンゴル・内蒙古の環境において、植生の極相(安定した状態)は多年草です。砂漠化した植物による被覆率の低い環境、あるいは塩害によって土壌のアルカリ化が進んだ環境においては、ヨモギ属はむしろ環境への耐性が高いため他の植物を圧して群落の主体となりやすく、A. macrocephalaA. frigidaマンシュウアサギリソウ、A. salsoloidesサバクオトコヨモギ、A. areneria、などは現代内蒙古やモンゴルでよくみかけるようです(吉野正敏1997『中国の沙漠化』、藤田昇2003「草原植物の生態と遊牧地の持続的利用」『科学』73(5))。1690年代イエズス会宣教師パランナンは康熙帝の韃靼旅行に同伴しましたが、その際アルモワーズ(ヨモギ属)とヨーロッパのそれとは違ったアブサン(ニガヨモギ)を渓谷に認めた旨1723年の書簡に記載しています(矢沢利彦編訳1977『中国の医学と技術』収載第5書簡)。
昆明植物研究所によればA. argyiは中国全土のみならず蒙古・ロシアにも分布するとのことでもあって、艾蒿、ないし他のヨモギ属が灸治に使用されないのはむしろ別に理由があるように思われます。

2、チベット
1993年青海省での薬用資源植物の調査(難波恒雄・小松かつ子編著2000『仏教医学の道を探る』)では「蒿」字がつくものが頁蒿、黒沙蒿(牛尾蒿)、角蒿、紅花馬先蒿など確認されますが、そのうちヨモギ属は黒沙蒿A. ordosica Kraschen.のみです。ただしチベットの製剤(蔵成薬)としては、五脈緑絨蒿を含む二十五味松石丸などもあり、内服製剤としてまだまだ多くの例があるものと思われます。ちなみに肝炎に使用する蔵茵蔯はリンドウ科Swertia musotii FRANCH.でありヨモギ属ではありません。チベット名ギャガル・ティクタは「インドのティクタ」を意味するとのことです。ちなみに灸について、記載を認めませんでした。
                                                           3、インドネシア
植物薬としてA. vulgaris L.が挙げられます。インドネシア語でbaru cina(中国の木)と表記され、中国医学の影響下に導入されたと思われます(Setiawan Dalimartha, 1999: Atlas tumbuhan obat Indonesia Jilid1インドネシア薬用植物アトラス1巻)。その他、ジャムゥ(インドネシア伝統医学)ではA. cina Berg. セメンシナ(「中国の種」)がMungsi arabアラビアムンシと呼ばれ、解熱薬、駆虫薬、として他生薬と配合して使用され、また月経不順、口内炎にも用いられます。唐代『新修本草』に初出する生薬鶴虱カクシツは(現在のものと異なり)もともとセメンシナの花であったとの考証があります(趙イツ黄1957:難波1980より。なお現在セメンシナは昆明植物研究所など現代中国では蛔蒿にあてられ、専ら駆虫薬として使われます)が、原産地は中国新疆・カザフスタン・キルギスタンなど西域で(GRIN Taxonomy for Plants参照)、インドネシアへの流入が中近東由来か中国由来かは名称からすると微妙と思われます(高橋澄子1988『ジャムゥ』)。

4、ベトナム
伝統医学は中国の影響が強く(北部と南部で程度が異なります:『Vietnamese Traditional Medicine1993)、ベトナム語による傷寒論の解説本が一般の書肆で容易に入手可能です。上記概説本の薬種の説明(35種)中にA. vulgaris L.を認めます。ちなみにベトナム語でNgai cuuは漢字「艾蒿」のベトナム読みです。

5、ネパール
現地語Tite patiは学名でA. vulgarisにあてられています。ネパールの標高1500-3600mに分布。生理不順、駆虫、痙攣防止、健胃薬、眠気覚ましとして用いると記載されています。シヴァ、ヴィシュヌ、スーリヤに供えられる植物であり、ヒンドゥー教徒は葬式にも花や葉を用いるとのことです(以上、TCマジュプリア1996『ネパール・インドの聖なる植物』)。 

6、インド
サンスクリット語でNagadamaniであるA. vulgarisを使用。アユル・ヴェーダのいわゆるトリドーシャ説においてはピッタの補充に使用され、下腹部を暖め月経不順などに有効とのことです(David Frawley et al.,1986: The Yoga of Herbs 邦訳2000年)。他、タラゴンA. dracunculusが通経・利尿・駆風薬として、ニガヨモギA. absinthiumが駆虫・駆風・鎮痙薬として使われます。

つまり南アジア・東南アジアから東アジア、さらには別途記載するようにヨーロッパにかけてまで、A. vulgarisを薬用に使用する広大な分布圏があるわけです(WikipediaでArtemisia vulgarisを検索すると実に多国語で項目がたてられています)。A. vulgaris L.は現代中国では北蒿と訓ぜられ(HP『中国植物物种信息数据库』)、ヨモギやチョウセンヨモギとは一応近縁種、ということになりますが、リンネが命名して以降現在に至るまで使われている、相当範囲の広い概念であることも意識しておいたほうがよさそうです。ただし薬用としての使い方から呪術的な方途まで、地域間で違いがかなり少ないことは注目すべきでしょう。

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