2011年11月22日火曜日

2人称敬称について:追記

さて、ヨーロッパの2人称敬称について、です。前回までで、①ヨーロッパの2人称敬称はもともと2人称複数が先で、その後3人称が取り入れられる、②その受容の仕方に言語毎の違いがあることを類推しました。2人称敬称の由来がどこか、というところまで議論を進めていたわけですが、なかなかどうして、調べていくと興味深いことはまだまだ、ありそうです。出典がネットを大幅に含みますが、素人であってもできる限りロジカルに検討できればと思います。

①ドイツ語の2人称複数での敬称
前回まで確認できていませんでしたが、ドイツ語も遡ると2人称複数Ihrを敬称として用いていたようです。ネットでも複数hitしますが、興味深いのは農芸化学者本多忠親氏のHP中にある「オペラの言葉」です。

「ドイツ語もイタリア語も本来はフランス語と同じであったようで、オペラの世界ではほぼ二人称複数形を敬称に用いると思えばよいのだが、現在話されている言葉では、いずれも二人称複数形を単数の敬称に用いることはなく、三人称から派生した別の形を用いるので話がややこしくなる。」
オペラなので、比較的最近の頃まで2人称複数を用いていたのですね。郁文堂1988年発行の『独和辞典』でIhrを検索すると、17世紀頃まで目上に2人称として用いていたのが、その後目下に使うようになった、とのことでした(英語史学者堀田隆一氏のブログ「英語史ブログ」をみると、こういうのを指して敬意逓減の法則というのでしょうか)。

②スウェーデン語
北ゲルマン語群中のスウェーデン語は、もちろん古代ローマ帝国の版図外であったわけですが、なんと現代でも2人称敬称は2人称複数を用います(HP「talar du svenska?」参照)。
同じ北ゲルマン語族中でも、現代デンマーク語は3人称複数由来を用いるようです(HP「デンマーク語独習コンテンツ」)。ここいら辺、3人称の受容が言語毎に違うという考えと矛盾しないようですね。

さて、こうなると難しいですね。北・西ゲルマン語派も含めたヨーロッパ一体で、かっては2人称複数が使われていた可能性がありそうです。印欧語族スラヴ語派東スラブ語群のロシア語・ウクライナ語(Wikipedia「ロシア語」「ウクライナ語」)、また印欧語族バルト語派東バルト語群であるリトアニア語も、2人称複数を敬称として用います(Wikipedia「リトアニア語」)。ちなみにロマンス語の東端ルーマニア語は、主格以外は2人称複数が敬称という、やや崩れた形をとります(HP「ルーマニア語」)。
これまで得られた情報から類推する限り、2人称複数を敬称とする淵源は、二つ仮説が残ると思われます。

A、後期ラテン語からの発生
定説はこちらです。前回引用したように、一般に古典ラテン語では複数形を尊称として用いる伝統は無いとされます。中途から皇帝らは自分らのことを複数であらわすようになりますが、それを受けて皇帝、教皇、司教に対しtuの代りにvosを用いるようになった(「敬称の複数 pluralis reverentiae」)ことが、中世ラテン語で2人称複数が敬称として扱われる由縁です(國原吉之助1975『中世ラテン語入門』)。使われ始めた年代が手元に資料が無いのですが、ネット上4世紀から、と記載されているものがあり、後期ラテン語Late Latinから、ということになるでしょうか。
この説でいえばゲルマン語派やバルト語派・スラブ語派の状況は、ラテン語からの2次的影響ということになります。実際、歴史的な経緯からドイツ語にはラテン語由来の外来語が500以上存在し、言語としての影響力からもその可能性は現状で完全には否定できないでしょう。また、ゲルマン語派の最古のまとまったテキストは4世紀が最古(Codex argenteus: 河崎靖2006『ゲルマン語学への招待』)とのことで、史料的遡及に限界もあります。ただし、古典ラテン語で使われていないから、という根拠は弱い部分があるようにも思われます。

B、印欧語祖語からの伝統
あまりにも分布が広範で、ここまでの情報ではこちらも完全に否定はできないように思います。

両者のどちらが正しいか、確認するためには下記の確認が必要でしょうか。

即ち、印欧語族でラテン語の影響のない言語に2人称複数を敬称とするものが、複数みつけるか、もしくはみつけられない。

、、、仮にみつけた場合、系統言語学的評価でいつごろから使用開始されるに至ったか推測できる可能性があります。いずれにせよここまで来るとかなり膨大な作業になってきますね。中近東・南アジアの分析なんかどうなのかなあ、、、(印欧語族インド語派バハール語のネパール語は敬称こそあるものの、原理はこれまでと異なるようですね。他はどうなんだろう)?

追記
堀田隆一氏のブログ「hellog~英語史ブログ」ではT/V distinctionについて、 ヘルムブレヒトの興味深い研究を紹介しています。上記のような古典的伝播論とは異なった切り口で、ぜひご一読を。
Helmbrecht, Johannes. "Politeness Distinctions in Second Person Pronouns." Deictic Conceptualisation of Space, Time and Person. Ed. Friedrich Lenz. 2003. 185--221.

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